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 多感な学生時代、音楽、社会に目覚めました。

 「社会が右傾化してきている」と漠然と感じているような中学生でした。紆余曲折…思春期です、オカルトや東洋的神秘思想に接近するような時期もありました。「世の中がおかしいのは科学が発展しすぎたせいだ」とか「西洋の考えが悪いんだ」とか、子どもなりにそんな事を考えていました。

 そうした世の中への反抗なのか商業主義的なものが嫌になってきていた中学生時代、ラジオから流れてきたロックに心奪われ、15歳からギターを始めました。

 高校・大学とずっとバンド漬けで、大学時代は2つや3つのバンドを掛け持ちなんて当たり前、一日8時間とかギターを弾いても平気なくらい夢中になりました。

 1年浪人後、東洋大学文学部哲学科に入学。「世の中に何が必要か」と悩み続けていました。そういう中で選んだのが哲学でした。哲学は科学が未発達の時代にはすべての学問の上にそびえたつ存在とされていました。それだけに、言葉の使い方や意味にとても厳密です。私は「言葉とは何なのか」というテーマに興味があったので、卒論も「聞くものと語るもの~言語の文化性と文化の言語性~」というテーマでした。

 大学入試時、ちょうど「湾岸戦争」がありました。「これから戦争が起こる」という危機感の中での受験で、周りの参考書を開いて歩く周りの受験生に対して「今、戦争になるかもしれないんだぞ!わかっているのか」と、腹を立てていたことを覚えています。

 そんな時です、入試の帰り道で日本民主青年同盟の「自衛隊のPKF派遣反対署名」活動に出会います。署名する中で話が盛り上がり、「こんなにも真面目に戦争に反対し平和の事を考えている人たちがいるんだ」と感動。その場で民青同盟に加盟しました。

 自主的に行動を起こした一番古い記憶は「小選挙区制度導入反対署名活動」です。「こんな制度になったら、日本の民主主義が破壊されてしまう」という思いで、署名を広げるために周りの学生や教授にまで声をかけ奮闘しました。そうした活動を通じて、卒業する直前に日本共産党へ入党を決意しました。