• 躍進した国会議員のガッチリタッグ

  • 街頭で労働相談も

  • 戦争反対の声を草の根から

  • 国政へも声を届けます

  • 災害募金にも取り組んでいます

 私、いさ哲郎は、1971年練馬区に次男として生まれました。

 家は決して裕福ではありませんでしたが、叔母が本をくれたり、図鑑が好きな事に気付いた両親が少しずつ図鑑を集めてくれて、本はたくさんありました。

 好奇心旺盛で、石神井公園や近所の川でザリガニ釣りや、虫とりに夢中になっていました。取ってきた、生き物を図鑑と見比べたり、観察のためにザリガニや虫を家でたくさん飼っていました。イチバン大きな生き物はナマズだったのを覚えています。

非核・反戦の思いはこの時に培われた-平和が原点は父親の戦争体験から

 父が9歳の時に戦争が終わりました。ですから、父の戦中の記憶は鮮明で多くの戦争体験を私に聞かせてくれました。

 空襲の中を逃げ回った話、ベニヤ板一枚で親戚が助かった話、当時の豊島園にいた動物が毒殺された話、近所の朝鮮人の方々が特高警察に泣きながら連れていかれた話、友達が食料を農家へ貰いに行くときに機銃掃射で命を落とした話など。

 父親も罪のない人たちが犠牲になる戦争へ子ども心に疑問をもっていたそうです。

 また、母が原爆の本などをよく読み聞かせてくれていたのも覚えています。

 二度とこんな事は繰り返してはいけない-私の活動の芯には平和へのこの思いが息づいています。

<②へとつづく>