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 2012年5月…「船橋でおこなわれる脱原発デモのサウンドカーにDJとして乗ってくれないか」。

 友人からこんな誘いが来ました。「面白そう!!!」二つ返事ですぐに快諾し、やってみると本当に面白かった!

 「自分の趣味だった“DJ”が社会運動にこんな形で活かせるんだ」。新鮮な感動を今でも覚えています。

 そのデモの解散地点で「これから中野で脱原発の会議があるんだけど参加しない?」と誘われ、そのまま「中野の脱原発運動」に関わりをもつようになり、記念すべき第一回目の中野での脱原発デモでサウンドカーのDJをやることとなりました。このデモもバンドやDJなど音を前面に出したスタイルで、個人的にかなり楽しんでいました(^_^)。

 しかし、それ以上にこのデモは私にとって衝撃でした。あれほど街から受け入れられたデモは初めてだったのです。呼びかけたら(デモに)飛び込みで入ってくる。上を見上げれば、マンションの窓から声援がかけられる。商店からも手がふられる-沿道の人たちと思いを共有できた-そんな事を実感できたデモでした。

 その後、首都圏で行われる脱原発デモなどには可能な限り参加するようになりました。

 そして、あの主催者発表で20万人と発表された、2012年6月29日の首相官邸前抗議行動…。目の前で警官が歩道のバリケードを外し、いっせいに人が車道へ人が溢れ、口々に「再稼働反対!」と叫んだ、あの歴史的瞬間に私も現地にいました。

 …世の中が変わる…時代の変わり目だと思いました。その現場に立ち会えて良かったと思った瞬間でした。

 こういったデモや抗議行動を通じて、様々な方々と出会い「一人じゃない」と思うようになりました。現場で出会う人達は3・11以降に行動を起こした方が大半です。そういう人たちが主体的に運動を作っていて、この運動で生み出された様々な協力・共同のやり方にこれからの日本の未来が見えてくるように思えます。

 日本共産党は、綱領にも書いていますが、共産党だけで社会が変わるとも、また、変えようとも思っていません。多くの方々との協力・共同が大きなうねりとなって、本当の意味での民主的な社会になっていく、いや、ならざるを得ないと考えています。「ここに、その現場があって自分がその綱領の道筋を目撃している」そう実感しています。

 東日本大震災以後、さまざまな国民的運動があり、政治があまりにも大企業・財界優遇でアメリカにいいなりになっている実態、矛盾の原因が誰の目にもはっきりしている中で、日々社会の変化を実感していますし、変革へのゆるぎない確信を持っています。運動に関わっている多くの人たちと一緒に、その変革の道を切り開いていこうと思います。